2018年12月13日掲載

旧東京音楽学校奏楽堂に、明治時代の息吹がよみがえりました。

コンサート用としては日本最古と言われる旧東京音楽学校奏楽堂のパイプオルガン

旧東京音楽学校奏楽堂
旧東京音楽学校(現東京藝術大学音楽学部)は、日本で最初の音楽学校として明治20年(1887)に開校し、明治23年(1890)に音楽ホール「奏楽堂」を擁する新校舎が建てられました(西四軒寺跡。東京藝大奏楽堂附近)。後年、校舎の管理運営が東京藝大から台東区へ移り、現在の地に移築・復原。旧東京音楽学校奏楽堂として開館しました。重要文化財として、今もなお当時の姿を留めています。
 

リニューアルオープンした旧東京音楽学校奏楽堂

 

 
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 旧東京音楽学校奏楽堂は、数多くの明治建築を設計した山口半六と帝国図書館(現国立国際子ども図書館)等を設計した久留正道により設計され、東京音楽学校の校舎として明治23年(1890)に建設されました。2階の音楽ホール「奏楽堂」の音響設計は、上原六四郎が手掛けたと言われ、中央天井はヴォールト(かまぼこ)状に高く、視覚、排気、そして音響を考慮して作られています。
 昭和40年(1965)頃には、創建から80年余を経た建物は老朽化が目立ち、都外への移築等も提案されましたが、日本建築学会や音楽家グループによる現地保存運動もあり、昭和58年(1983)に台東区が譲り受ける事となり、昭和62年(1987)に現在の上野公園内に移築・復原されました。翌63年(1988)には、重要文化財に指定されています。
 現在の地に移築後、一般公開されるとともに、コンサート会場として使用されていましたが、平成25年(2013)から施設保全のため休館し、保存活用工事を実施しました。平成30年(2018)11月にリニューアルオープンし、再び一般公開とともにコンサート会場としての使用も始まりました。


2階の音楽ホール「奏楽堂」では、瀧廉太郎がピアノを弾き、山田耕筰が歌曲をうたい、そして三浦環が日本人による初のオペラ公演のデビューを飾りました。


ホールの天井は華麗な装飾が施された梁が渡されています。



ホールの壁は二重構造となっていて、藁や大鋸屑が充填されていました。


旧東京音楽学校奏楽堂のパイプオルガン

 旧奏楽堂のパイプオルガンは、大正9年(1920)に音楽研究家の徳川頼貞侯が英国から購入し、芝区白金三光町(現港区白金)にウィリアム・メレル・ヴォリーズが設計した音楽堂「南葵楽堂」に設置し、演奏会等に供されていました。その後、昭和3年(1928)に東京音楽学校へ寄贈されました。1379本のパイプがあり、現在では珍しい空気式アクション機構を有しています。コンサート用としては日本最古のパイプオルガンです。今回の保存活用工事と共に、パイプオルガンも修復され、今も変わらぬ音色を奏でています。

 
平成30年(2018)11月1日のリニューアルオープン記念式典では、落成式と共に東京藝術大学の澤和樹学長による弦楽アンサンブルと、廣江理枝教授によるパイプオルガン演奏が披露されました。

1階展示室には、空気式アクションを再現したパイプオルガンの模型が展示されています。パイプオルガンの階下には、パイプオルガンに空気を送るための大きな送風機があります。
 

一万枚に及ぶ外壁板が手作業で取り外され、建物や壁の内部には耐震補強が施されました。



旧奏楽堂正面の大屋根には、西洋と東洋の調和を象徴したハープ、笙(しょう)の笛、そして中央に火炎太鼓が配された切妻飾りが設置されています。

旧東京音楽学校奏楽堂
旧東京音楽学校(現東京藝術大学音楽学部)は、日本で最初の音楽学校として明治20年(1887)に開校し、明治23年(1890)に音楽ホール「奏楽堂」を擁する新校舎が建てられました(西四軒寺跡。東京藝大奏楽堂附近)。後年、校舎の管理運営が東京藝大から台東区へ移り、現在の地に移築・復原。旧東京音楽学校奏楽堂として開館しました。重要文化財として、今もなお当時の姿を留めています。
(台東区上野公園8-43)
 

リニューアルオープンした旧東京音楽学校奏楽堂

 

 
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