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旧東京音楽学校奏楽堂に聞く
上野奏楽堂に聞く

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上野奏楽堂のページへ館内の小窓からは、瀧廉太郎の後姿がうかがえます。

上野奏楽堂(旧東京音楽学校奏楽堂)正面

華麗な二階音楽ホール

奏楽堂の名称に由来する音楽ホールは、梁行16.4メートル、桁行26.4メートル、客席338席の小さなホールです。天井は音響を考慮して中央部がヴォールト状(蒲鉾型)になり、棒状のつなぎ梁が支えています。この小さなホールから数々の演奏会が催され、そして幾多の音楽家が巣立って行ったことがしのばれます。


大正7年(1918)に麻布の紀州徳川家に設立された南葵楽堂。基本設計は英国のサー・ブルメル・トーマス、実施設計はウィリアム・ヴォリーズが携わりましたが、大正12年(1923)の関東大震災のために破損して閉鎖され、後に解体されました。


パイプオルガンの鍵盤には、英国アボット・スミス社のプレートが見えます。


奏楽堂の華は華麗なるパイプオルガンです。徳川頼貞侯爵が創建した南葵楽堂のために、大正3年(1914)に英国アボット・スミス社に発注されましたが、第一次世界大戦のため完成は大幅に遅れました。大正9年(1920)11月に披露演奏会が開催され、わが国初のコンサート用オルガンとして注目されましたが、その後の大正12年(1923)の関東大震災で南葵楽堂が破損し使用不能となったため、昭和3年(1928)に頼貞氏より東京音楽学校に寄贈され、同奏楽堂に移設されました。

奏楽堂職員の毛利さんに音を出してもらいました。[写真をクリックし、音色を聴くことができます。]

[パイプオルガンの演奏は、毎月第2・第4日曜日に開催される日曜コンサートで聴くことが出来ます。旧東京音楽学校奏楽堂のページへ]


古めかしい表情からも時代が感じられます。旧奏楽堂の移築に伴い、破損が著しかったオルガンも華麗によみがえりました。


オルガンの背面には、大きな鞴(ふいご)やパイプが並んでいます。

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