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寛永寺の桜 寛永寺の桜

上野の桜は、吉野生まれの江戸育ち。

Q:徳川家の墓所というのが谷中墓地にもありますが、一般の方の墓所としては、いつ頃からですか。

浦井:五重塔は天王寺さんの境内です。その手前の徳川家の墓地は寛永寺の境内なんです。その寛永寺の境内には将軍墓は作らない。増上寺さんで将軍のお墓とか、奥方のお墓とかいうのを同じ場所に作ってしまったんですね。側室のお墓も。ですから、最初の出発点で失敗したというのがあります。秀忠公のお墓を作る前にお江与さんという秀忠公の奥さんのお墓を最初につくってしまったんですよ。その時におそらく幕府や増上寺さんは、位置を考えずに作ったんでしょうね。秀忠公が亡くなったとき、秀忠公のお墓をつくるときにどうしてもお江与さんのお墓の動線とクロスしてしまう。書いたものはありませんが、それを幕府はだいぶ気にしたんじゃないでしょうか?増上寺さんはそうなってしまったんで、しょうがない、ということで後々まで作っていきますが、寛永寺には最初から将軍の墓所と奥方や側室、お子さんは全く別というふうにして将軍墓所だけがこっちの先にあって、谷中に正室、側室、お子さんというようになっています。それ以外は入れない、と。江戸時代は面白い時代で、正室は増上寺か寛永寺にくるんですが、側室は実家が望めばそちらの菩提寺に行って構わない、ということなんですね。

Q:一般の方が入れるようになったのは明治以降ですか。

浦井:明治以降です。明治政府が谷中霊園を作るんですよ。そこには一般の人が入れる。寛永寺のところには徳川さんとかそういうのしか入ってませんが、他の場所は一般の方はどなたでも、それでも伊達さんとか阿部さんとか、明治の顕官の人が多いですね。有名な人のお墓が並んでますよ、やはり。

Q:長い間、上野の状況を見続けてこられたと思うのですが、最近の状況はいかがでしょうか?私どもが学生の頃と比べて、かなり変わったと思うのですが。

浦井:変わりましたね。まず、なによりも樹木が減りましたね。芸大(東京藝術大学)さんにしても、文化財研究所にしても、これだけ切ってしまいましたからね。もっと山が深かったと思います。まず、樹木が減り、鉄筋やコンクリートの建物がどんどん建ってきた。

Q:また、どんどん記念碑なんかも建っているみたいですね。

浦井:非常に変わってきましたね。そういう点では。鬱蒼とした山の雰囲気というのが明治30年代の半ばくらいまで、今の前の都立美術館ですね、壊してしまった。あの都立美術館のところ、雨の日なんかの暗い日は提灯をつけて歩いた、と言っていましたから。狸や狐がいっぱいいたと言っていましたから。

Q:上野公園内の旧都立美術館あたりには、私も通っていましたので分かりますが、雰囲気もかなり変わってしまいましたね。この界隈の最近の人の流れといったようなものはいかがですか。

浦井:こちらまで来られる方は少ないですね、やはり。芸大さんの真ん中の通りを通って、谷中へ抜けていってしまう人が多いですね。花見時とか、何かの時にはちらほら見えますけどね。やはり、全体の量からしますと多くはないですね。

今上野の山はソメイヨシノばっかりですからね。去年、科学博物館の佐々木館長さんと話して、桜守の会という会をつくったんですよ。ソメイヨシノは幕末の桜ですから、本来の桜を上野に少し植えて、上野の桜の風景を戻そう、ということで、佐々木さんが会長になって作ったんです。それから僕も知人なんかに、桜の木でいいのがあったら譲ってくれ、ということを言っていたらありがたいことにこちらはお寺ですから18本も寄付してくれましてね。入り口のところのあれは福島県の三春の滝割り桜のこどもなんですよ。吉野の蔵王堂の宗務総長の田中さんとたまたま同席する機会があったんで、「吉野の桜を下さい」と言いましたら、「何本いる?」と言われたんです。それでそこまでは「図々しくて言えない」言いましたら、10本送ってきてくれまして、東京都東部の緑地事務所に2本あげて、上野公園の目抜きに植えました。これが本来の上野の桜なんだから、天海さんが植えた桜は吉野の桜ですから。

Q:当時は吉野から持ってきたんですか。

浦井:そうなんです。「もうそろそろだから、苗木を送ってくれ」という手紙も残っています。吉野から桜を取り寄せたことは間違いないんです。でも、その吉野の桜が上野には今一本もないんですね。ですから2本を上野公園に植えて。
 ちょうど今ですと、大阪の造幣局とか長谷寺とか桜が見頃だと思うんですが、上野は一種のバリエーションと言いますか、種類があまり見えないですよね。1200本くらいあるほとんど、1000本くらいがソメイヨシノなんじゃないでしょうか。ですからいい木を植えて、ちゃんと保存して上野の桜を世に伝えていく、ということをやろうじゃないか、ということで有志で企画してもう一年になります。

Q:ずいぶん長く、増改築されてますね。

浦井:ずっと放りっぱなしだったので、私が5年くらい前に引き継いで、ちゃんとやろう、整備しようと。

Q:国宝とか都の指定というのはずいぶん多いと思うのですが。

浦井:建造物はけっこうありますね。徳川家関連の物や他には清水観音堂とか。

Q:管理はいまどちらがされていますか。

浦井:管理は全部寛永寺です。国宝は寛永寺には今は無いですね。

Q:上野東照宮の管理はいかがですか。

浦井:あれは重要文化財です。神仏分離で別々になってしまいましたから、管理も別々にやっております。五重塔はあそこにぽつんとあってもこちらで管理できませんので、動物園に入れていただいて東京都さんに管理していただいています。絵巻だとか、お曼荼羅とか、軸とかそういうのが国指定の重要文化財、重要美術品とかですね。あとは、東京都や区指定の文化財はかなりあります。

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