龍眠帖(りゅうみんじょう) 明治41年(1908)
中村不折は、画業、新聞挿画、そして書の研究や収集など、精力的に活動を続けていたが、明治41年、多忙のあまり神経衰弱に陥り、医者からは一切の仕事を止められた。この「龍眠帖」は、不折が療養のため礒部温泉へ来ている際に、いわばリハビリの一環として書かれたものである。「龍眠帖」に書かれている詩は、蘇轍(蘇軾の弟: 1039-1112)が龍眠山の二十の場景をそれぞれ五言絶句で詠んだもので、計二十首からなる。この書を河東碧梧桐に見せたところ、出版を強く勧められた。そして世に出るやいなや、たちまち売り切れとなり、当時の書道界の大きな話題をさらった。 [写真をクリックし、写真の詳細を見ることができます。]